引越し作業が終わり、一息ついたその時。ダンボールを開けたら食器が割れていた、家具の裏に傷があった…。
「もう作業完了のサインをしちゃったから、今さら言っても無理かな…」と諦める必要はありません。
業界歴23年のプロが、サイン後でも正当に補償を受けるための「法的根拠」と、多くの人が勘違いしている「時価賠償(新品にはならない)」のルール、そして業者が言い逃れできない具体的な「証拠の残し方」を徹底解説します。
💡 プロの結論:サイン=免責ではありません
完了サインはあくまで「作業の終了」を確認するものであり、「すべての瑕疵(傷)がないこと」を確認するものではありません。
「すぐに」「証拠を持って」連絡すれば、サイン後でも十分に補償の対象になります。
まず、あなたの権利を確認しましょう。業者が「もう完了印をもらったので終わったことです」と言ってきても、法律(約款)はあなたの味方です。
荷物の滅失・き損についての責任は、引き渡しの日から「3ヶ月以内」に通知を発しなければ消滅する。
つまり、3ヶ月以内に「ここが壊れていました」と連絡を入れさえすれば、権利は消滅しません。これが大原則です。
法律上は3ヶ月ですが、引越し業者の対応マニュアルでは、時間が経つほど「それは引越し後の生活でついた傷ではありませんか?」という反論が強くなります。これを「立証責任の壁」と呼びます。
引越し作業による傷であることを証明しやすくするためには、荷解き期間を含めて1週間~10日以内に連絡を入れるのが鉄則です。
「いつ気づいたか」「何が壊れたか」で補償のハードルが大きく変わります。ご自身のケースがどちらに当てはまるか確認してください。
※「自分で梱包した箱」の中身が壊れていた場合、外箱にダメージがなければ「梱包が甘かった(顧客責任)」とされることが大半です。
感情的に電話をする前に、まずは証拠を固めます。引越し事故対応において、「現状維持」こそが最強の武器です。
破損箇所のアップだけでなく、以下の3枚を必ず撮影してください。
これが最も重要で、最も多くの人が失敗するポイントです。
「ダンボール」「プチプチ(緩衝材)」「詰め紙」は絶対に捨てないでください。
特にダンボールの角が潰れていたり、穴が開いていたりする場合、それは「運搬中に衝撃が加わった動かぬ証拠」となります。
電話は「言った言わない」のトラブルになります。また、担当者が不在でたらい回しにされるストレスもあります。
必ず「問い合わせフォーム」か「メール」で証拠写真を添付し、ログを残してください。
家具・家電の裏面や側面に貼ってあるシール(定格銘板)を確認し、「メーカー」「型番」「製造年」をメモします。
購入時のレシートや保証書があれば、それが「購入価格」の証明になります。
「壊れたから新品で返して!」「最新機種を買うからお金頂戴!」
お気持ちは痛いほど分かりますが、法律および保険のルール上、補償は「時価(現在の価値)」が上限となります。
物は買った瞬間から価値が下がり始めます。これを「減価償却(げんかしょうきゃく)」と言います。引越し業者が加入している運送保険も、この考え方に基づいて支払われます。
引越し業者の保険会社は、税法の耐用年数などを参考に「寿命」を定めています。これを超えると、基本的には「価値がない(0円)」と見なされやすくなります。
| カテゴリー | 品目 | 耐用年数 (目安) |
|---|---|---|
| 白物家電 | 冷蔵庫・洗濯機 | 6年 |
| エアコン・暖房器具 | 6年 | |
| 掃除機・電子レンジ | 6年 | |
| 照明器具 | 15年 | |
| 黒物・デジタル | テレビ・パソコン・DVD | 5年 |
| カメラ・ビデオカメラ | 5年 | |
| オーディオ機器 | 5年 | |
| 家具・寝具 | タンス・食器棚(木製) | 10-15年 |
| ベッド・ソファ(金属製含む) | 8-15年 | |
| 布団・マットレス | 3-6年 | |
| カーテン・じゅうたん | 3年 | |
| 衣類・その他 | スーツ・コート・着物 | 3-5年 |
| 書籍・雑貨 | 8年 |
※上記は一般的な目安です。美術品や骨董品、プレミア価格がついているものは別途鑑定が必要となります。
一般的に用いられる「定額法」での計算イメージです。
前提:洗濯機の耐用年数は「6年」とします。
毎年、価値が約16.6%ずつ減っていきます。
※「新品価格の10万円」は補償されませんが、「中古市場で同程度の5年落ち洗濯機を買う費用」としては妥当な金額になります。
計算上は0円になりますが、実際には使用できていた物品であれば「残存価値(底値)」として、購入価格の10%程度(または数千円)が認められるケースが多いです。0円と査定されても、「引越し前日まで正常に使えていた」と主張し、最低限の補償を求めましょう。
これは「安い方」が採用されます(経済的全損の考え方)。
| パターンA:修理費 < 時価額 | パターンB:修理費 > 時価額 |
|---|---|
|
修理対応 メーカー修理を手配し、修理代金を全額業者が負担します。 ※顧客に金銭は渡りません。 |
金銭賠償(時価額) 修理代が高すぎる場合、「時価額(例:2万円)」が現金で支払われます。 ※これ以上は支払われません。 |
現場担当者やコールセンターのマニュアル通りの断り文句には、約款に基づいた正論で返しましょう。
「サインは『作業終了』の確認であり、隠れた瑕疵(内部の破損やダンボールの中身)までその場で全て確認したわけではありません。
標準引越運送約款第25条に基づき、3ヶ月以内の通知期間を行使します。」
「ダンボールの外側(角・側面)に明らかな打痕があります。
箱が潰れているのは運搬中の衝撃によるものですので、梱包方法の問題ではなく運送上の過失です。現物を保管していますので確認に来てください。」
「断面を見てください。ホコリも被っておらず、木材の色が新しいです。
これは『新損(しんそん)』と呼ばれる、最近ついた傷の特徴です。必要であれば第三者機関(家具修理業者など)の見解を求めます。」
引越し業界歴23年。現場作業員から支店長、エリア統括部長を歴任。数多くの事故対応(クレーム処理)を担当。業者が一番恐れるのは「論理的で証拠を持っている顧客」であることを熟知しており、感情論ではなく約款に基づいた冷静な交渉術を指南している。